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 図書館の仕事とは直接関係ない私事に属することかもしれませんが、社会教育・表現教育という点で言えば決して無関係というわけでもありません。
 現在、私は市内の市民ミュージカル劇団に参加しています。一部の方はご存じでしょうが、私は歌も歌いますし(多少自信もあります)、演技もやります。参加している劇団は小中高生が中心ですが、大人団員もサポートします。今回、初めて定期公演を野外の特設舞台で行うことになり、そのためのクラウドファンディングを始めました。
 ミュージカルを通して感動を分かち合いたい!〜『林姫哀話』〜と銘打っています。

 「伝える」ことは、読書を始めとする様々な刺激や感動を他人に手渡すことですが、普段接している小学生たち、中学生たちも例外ではなく、「伝える」ことが苦手です。いわゆる委員会活動でも、意見を求めても沈黙してしまう時間が非常に多いのです。
 「間違っちゃいけない」「笑われるんじゃないか」という、日本の子どもたちが幼少の頃から植え付けられている心の殻を打ち破るのは容易なことではありません。

 ミュージカルをはじめとする演劇活動、表現する活動は、こうした心の殻を破って、「伝える力」を養う可能性を秘めています。

 私の住んでいる町は、決して人口が多いとは言えず、こうした文化活動を続けて行くには残念ながら財政的基盤が充分とは言えません。

 このブログを読んで下さる方へ、もし何かしらの縁を感じて下さいましたら、少しでも結構です。ご支援をお願いいたします。
ミュージカルを通して感動を分かち合いたい!〜『林姫哀話』〜
林姫哀話チラシ
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2017.09.05 Tue l 身辺 l COM(0) TB(0) l top ▲
 司書という職種に就くような人間は、典型的文系人間の場合が多いと思われます。
 たとえば9類の選書に悩んだりするのはいわば「贅沢な悩み」であって、むしろ楽しい作業ということになるでしょう。

 じゃあ文系人間にとって苦手な分野は何でしょうか?
 例を挙げれば、0類の中のコンピュータテクノロジーに関する分野、4類の化学・物理といった分野、5類の技術系分野あたりでしょうか。思い当たる方も多いでしょう。

 ですからなおさら自分が苦手でスルーしがちな分野こそ情報収集に努めて、意識してアンテナを張って選書候補を探し続けないといけないでしょう。

 私にとっては、「プログラミング」もそのひとつです。

 幸い、筒井康隆さんの「パプリカ」「朝のガスパール」当時からのICTブレーン(この表現正しいのか自信がない)として知られるプログラマーの中村正三郎さんのブログにはかなり有益な情報をいただいています。

 今までも、『小学生からはじめるわくわくプログラミング』やその第2弾・『ルビイのぼうけん』といった図書を入れてきましたが、これらは中村さんのブログで知ったのです。

 今回は、学研まんが入門シリーズのひとつ、『はじめてのプログラミング』です。表紙画像はこちら。

hajimeteno.jpg

 調べ学習のときのポプラディアとギネス世界記録くらいしか手に取られない0類、ぜひ興味持って欲しいですね。
2017.06.25 Sun l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲
全く泣き言は言いたくないのだが言わせて欲しい。なぜに「ゾロリ」と「サバイバル」は製本があんなにもろいのだ。

「科学漫画サバイバルシリーズ」は、歴史や科学の問題をオールカラーのキャラクター漫画の形で解説するコミックシリーズだ。また「かいけつゾロリ」については言うまでもあるまい。低学年向けエンターテインメントのスーパーロングセラーである。

 これが、本当に、ページがパラパラ取れてしまうのだ。

 もちろん、小学校1年生からの低学年児童の本の扱い方が荒いのは分かっている。上からぎゅーと押すし。

 この2シリーズには、良くある図書館用の堅牢製本版というものはない。したがって通常版が全てであり、背割れなどが起こったらもう、買い替えるしか手がない。
 
 もちろん、買い替えはしますよ。それは作者や出版社に対する正当な対価だ。だからといって、目の前で壊れた本が積み上がっていくのを指をくわえて見てるのが平気なほど図太くもないのである。
 
 何とかならんもんだろうか。

 今回はオチのない、ただのボヤキでした。
2017.05.21 Sun l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲
 小学校に居ると、子どもたちに対してはどうしても「しつける」という態度で臨んでしまうことがあります。
 
 もちろん、ある程度は必要なことではあるのですが、子どもひとりひとりが独立した人格であり、生まれながらに人権を持った存在であるということを忘れそうになるのは困ったことだと思います。
 
 というより、われわれ「先生」と呼ばれてしまうような世代の人間自身が、教職員から「きみはひとりひとりたいせつな人間なんだ」とか「生まれながらに人権を持っている」「意思を持っている」とか、小学校時代に教えられていない。教えられていないから、天賦人権を本当のところは教養として信じていないというところがどうしてもあるような気がする。
 
 自戒のためにというわけでもないのですが、よく図書の時間に子どもたちにする話をリライトして心覚えにしておこうと思います。
 
「みんなは、親や先生たちの言うことが、ときには理不尽だと思ったり、間違っていると感じることがあるかもしれない。それに言い返したい、反論したいと思っても、言葉を知らなかったり、理屈で負けたり、知識が足りなかったりして、どうしても言えないことがあるよね? 君たち子どもにも、大人と同じように独立した人格があるし、人権がある。生きる権利があり、意見を言う権利がある。でもその権利をきちんと大人と同じように使うためには、残念ながらまだまだ言葉が足りないし、理屈を立てる力が足りないし、知識が足りない。だから君たちは学校で勉強するんだ。そして、そういう君たちのために学校図書館ってものがある。ここは君たちの憩いの場所、楽しい読書をする場所でもあるけれど、大人と対等以上になるための知識の宝庫でもある。だから、学校に居る間は、図書館をどんどん使えばいい。私も君たちの『知りたい』に応えるために全力でサポートする。権利を行使できる大人に、早くなれ。」
2017.05.05 Fri l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲
仕事はもちろん続けています。中学校から小学校へと変わりましたが、やってることもそんなに変わりやしません。ただ、世の中の方のきな臭さが進みすぎていて、一体自分は何をやっているんだろうという想いにとらわれることもあります。

まぁそれでも、明日世界が滅びても私は苗を植える(種をまく?)という言葉もあるくらいです。司書なんて仕事はその最たるものでしょうから、続けられる限りはクビになるまで続けます。いつ野垂れ死にしてもいい覚悟でなくて、この生活も苦しい仕事なんかできるわけがないです。
2017.03.12 Sun l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲
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