司書という職種に就くような人間は、典型的文系人間の場合が多いと思われます。
 たとえば9類の選書に悩んだりするのはいわば「贅沢な悩み」であって、むしろ楽しい作業ということになるでしょう。

 じゃあ文系人間にとって苦手な分野は何でしょうか?
 例を挙げれば、0類の中のコンピュータテクノロジーに関する分野、4類の化学・物理といった分野、5類の技術系分野あたりでしょうか。思い当たる方も多いでしょう。

 ですからなおさら自分が苦手でスルーしがちな分野こそ情報収集に努めて、意識してアンテナを張って選書候補を探し続けないといけないでしょう。

 私にとっては、「プログラミング」もそのひとつです。

 幸い、筒井康隆さんの「パプリカ」「朝のガスパール」当時からのICTブレーン(この表現正しいのか自信がない)として知られるプログラマーの中村正三郎さんのブログにはかなり有益な情報をいただいています。

 今までも、『小学生からはじめるわくわくプログラミング』やその第2弾・『ルビイのぼうけん』といった図書を入れてきましたが、これらは中村さんのブログで知ったのです。

 今回は、学研まんが入門シリーズのひとつ、『はじめてのプログラミング』です。表紙画像はこちら。

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 調べ学習のときのポプラディアとギネス世界記録くらいしか手に取られない0類、ぜひ興味持って欲しいですね。
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2017.06.25 Sun l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲
全く泣き言は言いたくないのだが言わせて欲しい。なぜに「ゾロリ」と「サバイバル」は製本があんなにもろいのだ。

「科学漫画サバイバルシリーズ」は、歴史や科学の問題をオールカラーのキャラクター漫画の形で解説するコミックシリーズだ。また「かいけつゾロリ」については言うまでもあるまい。低学年向けエンターテインメントのスーパーロングセラーである。

 これが、本当に、ページがパラパラ取れてしまうのだ。

 もちろん、小学校1年生からの低学年児童の本の扱い方が荒いのは分かっている。上からぎゅーと押すし。

 この2シリーズには、良くある図書館用の堅牢製本版というものはない。したがって通常版が全てであり、背割れなどが起こったらもう、買い替えるしか手がない。
 
 もちろん、買い替えはしますよ。それは作者や出版社に対する正当な対価だ。だからといって、目の前で壊れた本が積み上がっていくのを指をくわえて見てるのが平気なほど図太くもないのである。
 
 何とかならんもんだろうか。

 今回はオチのない、ただのボヤキでした。
2017.05.21 Sun l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲
 小学校に居ると、子どもたちに対してはどうしても「しつける」という態度で臨んでしまうことがあります。
 
 もちろん、ある程度は必要なことではあるのですが、子どもひとりひとりが独立した人格であり、生まれながらに人権を持った存在であるということを忘れそうになるのは困ったことだと思います。
 
 というより、われわれ「先生」と呼ばれてしまうような世代の人間自身が、教職員から「きみはひとりひとりたいせつな人間なんだ」とか「生まれながらに人権を持っている」「意思を持っている」とか、小学校時代に教えられていない。教えられていないから、天賦人権を本当のところは教養として信じていないというところがどうしてもあるような気がする。
 
 自戒のためにというわけでもないのですが、よく図書の時間に子どもたちにする話をリライトして心覚えにしておこうと思います。
 
「みんなは、親や先生たちの言うことが、ときには理不尽だと思ったり、間違っていると感じることがあるかもしれない。それに言い返したい、反論したいと思っても、言葉を知らなかったり、理屈で負けたり、知識が足りなかったりして、どうしても言えないことがあるよね? 君たち子どもにも、大人と同じように独立した人格があるし、人権がある。生きる権利があり、意見を言う権利がある。でもその権利をきちんと大人と同じように使うためには、残念ながらまだまだ言葉が足りないし、理屈を立てる力が足りないし、知識が足りない。だから君たちは学校で勉強するんだ。そして、そういう君たちのために学校図書館ってものがある。ここは君たちの憩いの場所、楽しい読書をする場所でもあるけれど、大人と対等以上になるための知識の宝庫でもある。だから、学校に居る間は、図書館をどんどん使えばいい。私も君たちの『知りたい』に応えるために全力でサポートする。権利を行使できる大人に、早くなれ。」
2017.05.05 Fri l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲
仕事はもちろん続けています。中学校から小学校へと変わりましたが、やってることもそんなに変わりやしません。ただ、世の中の方のきな臭さが進みすぎていて、一体自分は何をやっているんだろうという想いにとらわれることもあります。

まぁそれでも、明日世界が滅びても私は苗を植える(種をまく?)という言葉もあるくらいです。司書なんて仕事はその最たるものでしょうから、続けられる限りはクビになるまで続けます。いつ野垂れ死にしてもいい覚悟でなくて、この生活も苦しい仕事なんかできるわけがないです。
2017.03.12 Sun l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲

私たち「司書」という職業に就く人間は、図書館学のイロハを大学をはじめとする教育機関で学びます。その中で、図書館というのは何のためにあるのか、どういう使命を持っているのかも否応なしに学んでいきます。私にとっては、とても有意義な学習でした。

図書館は何のためにあると思いますか?
誤解を恐れず簡単に言えば、経済力や社会的地位に関係なく、幅広くそして深い知識や教養を「広く」「平等に」「無料で」市民が求められる、という目的のためです。

ですから、「学問のすすめ」(福沢諭吉)ではありませんが、図書館とは、そこに入れば自ら積極的に学ぶための資料がそろっていて、市民一人一人が勉強することで仕事を得たり、収入や社会的地位を上げるチャンスを見つけられる……そのための施設なのです。
意外でしょうか? でも、本来の図書館の目的はそういうものなのです。先の戦争が終わった後、「我々の町にも図書館を!」という運動は、市井に暮らす庶民の側から起こったし、多くの公共図書館がそのようにして造られてきたという歴史があります。
あともうひとつ、民主主義を支える有権者としての自己啓発に役立つということもありますよね。

ところが、先日あるウェブ記事を読んでびっくりさせられました。

それは、公共図書館の利用についての調査結果についての記事でした。その記事に書いてあったのは、図書館が掲げた理念とは全く逆のことでした。

ざっくり言うと、経済状況が良くない階層の人々の図書館利用率は低く、経済的に恵まれた人々の利用率は高い、というものだったのです。あまりの身も蓋もなさに、私はあきれ返りました。

残念ながら、今の世の中の仕組みがそうさせているのでしょうか。

確かに、わずかな時給のために四六時中働き続けている、いわゆる「ワーキング・プア」の人たちにとっては、自己啓発や資格取得勉強をする余裕などないということが多いかもしれません。
一方で、十分な資産を持ち、余暇も比較的自由に使える人々は、図書館や他の教養施設も頻繁に利用でき、さらに知的に成熟していく。
経済格差だけではなく、個々人が持つ精神的な財産の大小という点においても、今の世の中は格差が再生産されています。

そんな状況の中で、学校図書館にはどんなことができるでしょうか?

公共図書館という場所は「来る者は拒まず、去る者は追わず」というところがどうしてもあります。利用者は自発的に来館して本を手に取らなければ、その恩恵にあずかることができない。

しかしながら、学校図書館は違います。

「去る者」には「待て!戻って来い!読まなきゃもったいないぞ!」と言い、「さあおいで」と手を取って導くのが学校図書館だと、私は思います。

そのために、毎日毎日しゃかりきになっておるわけです。
2016.01.26 Tue l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲