まず言っておきたいのは、NDCに基づいて整理されていない図書館というのは、それは図書館ではなくただの「書庫」だということです。

 私たち司書にとっては、図書館が「書庫」にならないよう蔵書をしっかりと整理分類し、必要な資料がすぐに見つかるように管理するのが仕事なのですから、NDCをないがしろにしていては、司書の仕事の大部分を否定しているのと一緒です。

 NDCがなくて、どうやって司書は蔵書を整理分類しておけばいいんでしょう? 司書個人のフィーリングで? んな無茶な。

 生徒にとっても同じ。

 全国共通ルールであるNDCに基づいて整備された学校図書館で、正しい指導の元で利用経験を積めば、どこの公共図書館に行っても大丈夫。

 検索端末に頼らなくても、よほど早く資料を探し出せます。

(ちなみに、うちの学校は返却を生徒自身が書架に戻すかたちをとっていますから、書架がNDCにしたがってきちんと整理さえしてあれば(ここ重要)、生徒は背ラベルを見て元の場所にかんたんに戻すことができます。NDCには実用上の理由もちゃんとあるのです)

 NDCを使って資料探しをしたことのある人はだいたい理解してもらえると思いますが、キーワードや書名を使っていわば「決め打ち」で検索端末をたたく場合と、NDCのジャンルで絞って複数の資料を当たれる場合とでは、有効な資料に当たる確率は、経験的に後者の方が明らかに高いのです。

 そうしたやり方は、蔵書数が学校図書館などよりはるかに多い公共図書館でこそより生きてきます。

 実際、小中高時代にこれをちゃんと教えてもらっていたら、もっと上手く図書館が使えたのに!と司書の勉強をした人なら考えます。

 「教える時間が取れない」
 「やむなくはしょった」

 確かにそういう学校は多いことでしょう。

 しかし「教えるべきでない」とまで言われるとなれば、話は別です。

 NDCは以上述べて来たような理由で(これでも短く書いてますが)、教えていくべきです。

 「総記」などの言葉が……というのは、「教えるべきでない」という主張の根拠にはなり得ません。きちんと説明すれば済むことではありませんか? 「総記(そうき)」の下に「じてん」や「ずかん」などの言葉を入れて「こういう本が置かれているところだよ」と。
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2010.09.30 Thu l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲