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 「大空のドロテ」全3巻、読了しました。
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 この本に一番感動できるのは、むろん本家モーリス・ルブランのルパンシリーズをほぼ全巻読破した人でしょう。

 もしそうでないにしても、「怪盗紳士ルパン」「奇岩城」「813」「続813」「ルパンの告白」、それにドン・ルイス・ペレンナものの「三十棺桶島」「金三角」「虎の牙」は読んでおいた方がいいでしょう……ってここまで来るとほぼ全部読めと言っているに等しいですね(苦笑)。

 それと、タイトルにもなっているヒロイン、ドロテが活躍するルブラン唯一の作品「綱渡りのドロテ」(「女探偵ドロテ」)も絶対押さえておくべき。

 あちこちに、正典を読んでいればこそ感動できる小ネタが沢山仕込んであるので、本当にこれは是非お勧めしておきたいのです。

 「マリー・オーギュスト」とか「ジュヌビエーブ・エルヌモン」といった名前が出てくるだけで、その名前が背負ったドラマが立ち上ってくるのを味わえるのは、ルパンの愛読者ならではの特権だと思います。

 そして、これが21世紀に書かれた小説であることの意味は、悪役であるV(ヴェ)のキャラクター設定や、チェスタトンが力説する「正義、ロマンス」の意義にこそある、と私は感じました。

 ここで唐突に、日本のヒーロー、仮面ライダーの話になります。

 20世紀の終わりから21世紀の始まりにかけて再び出現した仮面ライダー、「クウガ」の戦う目的は、「みんなに笑顔でいてほしい」でした。

 それは、クウガに変身する主人公、五代雄介の中にある「迷いのない正義」でした。

 私の主観的記憶で書きますが、70年代から20世紀末にかけてのヒーローは、「自分の正義を疑い、苦悩するヒーロー」が大きな流れを成しつつありました。

 帰ってきたウルトラマンが怪獣ムルチを倒そうともせずその破壊をただ見ているだけのシーンが描かれたり、ライダーもまた、BLACKは親友を敵として戦うことに迷い、マンガ版に至っては「おれはだれだ!?」とアイデンティティの根本につながるような叫びをあげます。

 そうした作風が、まさにその時代の気分とマッチしていたのです。

 ひるがえって21世紀。視聴者(読者)も製作者たちも、おそらくは正義を疑い続けることに疲れ果てたのではないでしょうか。

 クウガの敵グロンギは、殺人をゲームとして行う、「疑問の余地のない悪」として登場します。そこには「敵なりの正義」などという、かつての作品にはあったリクツは全く存在せず、クウガの戦いには迷いがありません。
 そして、クウガに協力する警察官たちの戦いもまた、「市民を守る」という正義に貫かれ、一点の迷いもない。リアリスティックな作劇をすれば思わず登場させたくなる「腐った上層部」などというものも登場しません。

 「仮面ライダークウガ」は、リアルっぽく見えるドラマでありながら、「正義とロマンス」にあふれた物語でした。この力技によって、「仮面ライダー」は新世紀のヒーローとして息を吹き返したのです。(※)

 さて、ルパンです。

 今の時代にルパンの物語を描くことの意義は果たして何だったでしょうか?

 単なるパスティーシュ、摸作、オマージュであればそれはいつの時代に書かれても良いでしょうし、もとからのルパン愛読者以外にはあまり意味のない物語になったでしょう。

 しかし、「大空のドロテ」は、ルパンに取材した作家ルブランの筆になるものという体裁を取り払い、○○の××に対する聞き書きから再構成した物語という骨格になっています。そこでは、現代の眼から見たアルセーヌ・ルパンという超英雄の「実像」が再構築され、「正義」「ロマンス」の意味が問い直され、そしてあらためて肯定的な扱いをもって読者へと剛速球で投げられます。

 実在の作家ギルバート・キース・チェスタトンの登場は、単なる同時代人のゲスト出演ではなく、テーマにかかわる重要なキーマンとしてのものです。

 ブラウン神父シリーズの読者であれば、作中でチェスタトンが語る「正義」の意義がよく理解できるのではないでしょうか。




 もちろん、以上の事柄は本作を貫く「横糸」であって、なにより、本作の肝である「縦糸」は、宮崎駿描くところの「勇気ある少年少女の大冒険」テイストにあふれたストーリイです。
 むしろエンターテインメントとしての根幹はここにあって、本作のドロテとジャンのキャラクターには、「ラピュタ」のシータとパズーのイメージが透けて見えます。

 そうした大冒険物語を、現代の眼から見てリアリティある物語として構築する、「大空のドロテ」は、そんな目標のもとに描かれた物語であるように思えてなりません。

 スレた大人にこそ読んでほしい、そんなクラシカルでありながら現代的な物語です。



 (※)もっとも、「迷いのない正義」への渇望は、一歩間違うと「熟慮しない正義」へ容易に転落してしまいます。ネット右翼がこれだけ跋扈し、非論理的な右翼的言説が大手を振ってまかり通っている現実は、残念ながらその一側面ではあります。
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2013.02.27 Wed l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲

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