私たち「司書」という職業に就く人間は、図書館学のイロハを大学をはじめとする教育機関で学びます。その中で、図書館というのは何のためにあるのか、どういう使命を持っているのかも否応なしに学んでいきます。私にとっては、とても有意義な学習でした。

図書館は何のためにあると思いますか?
誤解を恐れず簡単に言えば、経済力や社会的地位に関係なく、幅広くそして深い知識や教養を「広く」「平等に」「無料で」市民が求められる、という目的のためです。

ですから、「学問のすすめ」(福沢諭吉)ではありませんが、図書館とは、そこに入れば自ら積極的に学ぶための資料がそろっていて、市民一人一人が勉強することで仕事を得たり、収入や社会的地位を上げるチャンスを見つけられる……そのための施設なのです。
意外でしょうか? でも、本来の図書館の目的はそういうものなのです。先の戦争が終わった後、「我々の町にも図書館を!」という運動は、市井に暮らす庶民の側から起こったし、多くの公共図書館がそのようにして造られてきたという歴史があります。
あともうひとつ、民主主義を支える有権者としての自己啓発に役立つということもありますよね。

ところが、先日あるウェブ記事を読んでびっくりさせられました。

それは、公共図書館の利用についての調査結果についての記事でした。その記事に書いてあったのは、図書館が掲げた理念とは全く逆のことでした。

ざっくり言うと、経済状況が良くない階層の人々の図書館利用率は低く、経済的に恵まれた人々の利用率は高い、というものだったのです。あまりの身も蓋もなさに、私はあきれ返りました。

残念ながら、今の世の中の仕組みがそうさせているのでしょうか。

確かに、わずかな時給のために四六時中働き続けている、いわゆる「ワーキング・プア」の人たちにとっては、自己啓発や資格取得勉強をする余裕などないということが多いかもしれません。
一方で、十分な資産を持ち、余暇も比較的自由に使える人々は、図書館や他の教養施設も頻繁に利用でき、さらに知的に成熟していく。
経済格差だけではなく、個々人が持つ精神的な財産の大小という点においても、今の世の中は格差が再生産されています。

そんな状況の中で、学校図書館にはどんなことができるでしょうか?

公共図書館という場所は「来る者は拒まず、去る者は追わず」というところがどうしてもあります。利用者は自発的に来館して本を手に取らなければ、その恩恵にあずかることができない。

しかしながら、学校図書館は違います。

「去る者」には「待て!戻って来い!読まなきゃもったいないぞ!」と言い、「さあおいで」と手を取って導くのが学校図書館だと、私は思います。

そのために、毎日毎日しゃかりきになっておるわけです。
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2016.01.26 Tue l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲

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