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 みなさん、宿題なんかしなくてもいいですよ。
 ほんとうです。

 しかし……とここから先が本題ですので、くれぐれも「司書の人が宿題しなくていいって言った!」と触れまわらないでいただきたい(笑)。
 実は、学校の勉強は卒業できる程度でいいや、という考え方にも一理はあります。代表的なのは、歌舞伎の市川家や中村家のように、生まれたときから将来つく職業が決まっている場合でしょう。
 その場合は、学校の勉強はそこそこしかしないで良い代わりに、死に物狂いで芸のけいこを積み重ね
ないといけません。あの一見軽そうな性格に見えるかもしれない市川海老蔵にしても、バックステージでは胃に穴が開きかねないくらい悩み、けいこと身体の鍛錬につとめています。

 または、小さいころから「自分の道はこれ以外にない!」と思い定めて、勉強そっちのけで打ちこむような目標とする職業がある、という場合。

 たとえば、プロスポーツ選手。

 確かに、一流のプロになろうと思ったら、勉強どころではないかもしれない。
 技術をみがき、体力をきたえ、一心不乱に努力をする。

 「やろうか、やるまいか迷う」なんてまだるっこしいことをせず、こういう人たちは迷いなく「一日でも早く努力をスタートさせる」ことを選ぶ。自分の選びとった道を後悔なんかしない。

 強烈な自己責任です。

 さて。
 今まさに「うー、宿題やるのめんどくさい」と思っているあなたはどうですか?

 そんな「自己責任」「リスク」を背負えるだけの覚悟がありますか?
 覚悟があるのであれば、宿題はやらなくてもいい。自分の好きなことをやろう。

 でも、その結果起こることのすべては、自分で全部引き受けるんだよ。

 ……ちょっと意地悪だったかな?
 実際は、子どもにそんな100%の自己責任なんて、私たち大人は求めていません。だいいち、大人の世界にしてもそんなクールで冷酷な「100%の自己責任」が徹底されている場所なんて、それこそカラダ一つで稼ぐプロスポーツの世界でもない限り、ないのです。

 でも、少なくとも小学校・中学校という義務教育の年代で、勉強をしないという選択(チョイス)をするということは、100%ではないにしても、その結果を自己責任で引き受ける覚悟が必要なのです。

 なんで勉強するのかといえば、(他人との競争ということとは関係なく)生きていく上で最低限の教養を身につけていないと、本当に、自分自身が生きにくくなってしまうから。

 前に書いたことがあると思うけれど、読書する事は、自分のココロの「打たれ強さのモト」になります。

 そして、中学校までの勉強は、「打たれ強さ」のための基礎体力を養うために、ぜひとも必要なものです。

 だから、先生たちが「意味もなく」「目的もなく」宿題を課したりテストをやらせたりすることはありません。

 苦しいかもしれないけれども、自分のはっきりした将来の目標が見つかるまでの体力づくりだと思って、地道に一歩一歩進んでみていってください。
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2010.09.15 Wed l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲

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