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 今週の図書館だよりのコラムに載せた文章です。

 学校という場所に居ると、これまで大人の社会であたりまえと思っていたことをあらためて原点に遡って考えなくてはいけないことがあります。

 中学生に向かって読書がなぜ大切かを訴えていくのに、文章を使う。読解力としては平均値が決して高いとは言えない子たちに文章でどれだけ伝わるものだろうか?とも思うのですが、聞いたところによれば、この図書館だより、保護者の方も読んでくれているそうです。

 とにかく、文章でも口頭でも、あきらめず伝え続けていくしかありませんね。

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 働いている大人のなかには、自分にないものを指して「○○がなくたって生きていける」「○○が出来なくても 困らない」ということを言う人がいます。

 確かにその通り。

 たとえば私には、スコップを振るい、重機を動かして道を造る才能はありません。

 もみをまき、苦労して苗を作り稲を育て、平日も日曜もなく田んぼの面倒をみて米の収穫までやりとげる辛抱強さはないと思います。

 ほかにも「できないこと」を数え上げたら、「図書館司書以外のすべての職業」が当てはまってしまうかもしれません。

 でもまぁ、何とか司書としては仕事ができ、生活もしています。

 だから、私は自分ができないこれらの才能を持っている人を尊敬しますし、これらの仕事をやってくれている人たちに大変感謝しています。この人たちがいなければ、社会生活が成り立たないから。

 しかしながら……では、はじめに書いた言葉に戻ります。

 「○○がなくたって生きていける」という言葉に、「読書」とか「本」とかいう言葉を当てはめたら、 それは正しいでしょうか?

 「本なんか読まなくたって生きていける」というふうに。

 確かに、何百ページもある本を毎日のように読んでいなくても、人生生きていけるでしょう。

 しかし、「本」というかたちのものに限らず、社会生活のしくみの大半は「文章によるコミュニケーション」 によって成り立っています。

 地区で回している回覧版。
 市報。
 新聞。
 ……それと、とりあえずみなさんにとって一番の難問である入学試験。


 「文章によるコミュニケーション」がとても大切なことなのは、文章を目で読めない視覚障害者のために「点字」が発明されたことでも分かります。

 必要は発明の母。

 「文章が読めない」ということは、それだけ世の中で生きていく上で大きなハンディになってしまうのです。

 目が見えなくても読める「あたらしい字」を作ってでも、人間は文章を読むことが必要だったし、読みたいと願う人たちがたくさんいたのです。

 その意味では、「読まなくても生きていける」ということはありえません。
 あなたのこれからの人生の中で、「文章を読まなくてはいけない」「文章を読みたい」場面はたくさん出てきて切りがないでしょう。

 ですから......運動やスポーツの練習と同じように、10代のうちに少しだけ「無理」して文章を読む練習をしてお いてほしいのです。

 絵本やマンガしか読めない人はライトノベルを、
 ライトノベルしか読めない人は少し高度なエンタメを、
 エンタメしか読まない人は文学を。

 カタいせんべいをばりばりかみ砕く、ってたとえを良く私は使いますが、そのいきおいです。

「カタくてかめない」って最初からあきらめないで、まずはかみついてみれば?
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2010.10.02 Sat l 図書館 l COM(2) TB(0) l top ▲

コメント

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2010.10.03 Sun l . l 編集
コメントありがとうございます。
過分の称賛を賜り厚く御礼申し上げます。

本当に届いているのかどうか、自己満足に陥っていないかというのはやっぱり心配しています。出来れば中学生に分かる文章で……と思っていて、この言い方は通じるだろうかと迷ったりします。
2010.10.04 Mon l keep9. URL l 編集

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