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 他の場で書いたことのリライトになるのですが。

 一般論としても、学校司書というのは教育に携わる仕事でもあり、図書館の専門家でもあるのですが、それ以前に、あらゆる仕事に共通する最低限の要諦があると思います。

 というのも、学校図書館の現状に問題が山積しているからです。

 学校図書館は、子供たちに対する図書プレゼンテーションの場であることはもちろんですが、分類配架の混乱が起こっていたり、目録(原簿)や背ラベルの統一も全く未整備というところが多いために、前者の施策を打っていくことと並行して、後者の問題を解決するための整備作業も行っていかなくてはならないからです。

 それらの原因は、これはもうはっきりしています。

1.司書(図書館担当事務職員)が事務室の業務に時間を取られて、図書館業務に割ける時間が少なかった。
2.学校図書館業務に対して、教委・学校当局自身に指導監督できる人間が存在しない(今でも!)。
3.したがって、分類配架の混乱や原簿の未整備が放置されていても問題に気付かれない。

 さて、こうした問題を解決するためには、司書には教育者としての資質も必要ではあるのですが、基礎的な「事務処理の能力」がどうしても必要になります。

 以下に書くようなことは、一般の営利企業や団体において仕事をしている方は先刻承知のことでしょう。
 問題を発見し、対策を考え、実施する。場合によってはその実施のために関係部署と話し合い、交渉し、了承とバックアップを取り付ける。
 これらは、問題発見能力立案能力、そしてコミュニケーション能力が必要な仕事です。

 学校司書という現場で考えれば、私も含めてその全ての資質を兼ね備えた人材はほとんどいないと言ってもいいでしょう。
 であるからこそ、自治体の学校司書部会という最低単位の集まりでのチーププレイが必要になってくるわけです。それぞれが得意分野で協働して問題を解決していける体制です。

 本当は、つまらないコミュニケーションの齟齬による感情問題でガタガタしている暇も時間もないはずなのです。

 ほかの職場では使い物にならないから司書をやっている、そんな意識がもし学校司書にあるとすれば、それは大きな間違いで、即刻捨てなければいけない認識だと思います。

 司書こそ、その嘆かわしい限りの給与水準にかかわらず(苦笑)、一級の職業人でなくてはいけないし、それに加えて管理者・教育者としての教養も持ち合わせていなくてはならない職業だと思いませんか?
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2011.07.03 Sun l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲

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