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ひとり留守番中の実家でiPad使って書いております。iPad Air2をロジクールのtype+に装着して、surfaceもどきのような、昔々で言うとIBM時代の極小ThinkPadのような感じです。旧世紀のアップルはサブノートジャンルを頑なに否定してましたけど、事実上これはアップル製サブノート状態だよねえと思います。

Type+


いきなり脱線。

今年は小学校図書館1年目。
想像以上の騒がしさに慣れるのがまず第一の課題でした(苦笑)。

小学生諸君は元気!うるさい!走る!走りまくる!騒ぎまくる! 当然のことながら締めるべきところは締めないといけないので、多分前任者以上にガツンと怒る機会が多かったと思います。自分で言うのもなんですが、私は腹の底から声が出る方なので、ガチで怒ると声がでかくなります。
おかげさまで、ある児童からは

「先生はふだんはやさしいけどおこるとこわい」

というありがたい評価をいただきました。阿修羅じゃないけれど、笑顔の背後にある怒り顔を想像して身を律して欲しいと思います。やむをえないことですけど。

もうひとつ、図書館の配架はやはりというか全面的に見直すこととなりました。
0〜8類は、ぼんやりとしていた分類順と五十音順を、十の位ごとの仕切り板(必要なら一の位の板も入れ)明確化しました。さらに9類に関しては、明確な表示がない別置を完全に廃止して、これも分類順・五十音順を徹底しました。

その結果、当初は、勘と経験則で場所を憶えていた児童から大不評(笑)。

まあ、これは時間が解決してくれました。

あと、分類表示物は例によって手作りで作り直しました。
これは写真で見ていただいた方がいいでしょう。

分類1

分類2

分類3

分類4

分類5

これはクラフト系。

クラフト3

クラフト2

クラフト1


クラフト系は、カウンターから離れられないときの説明に重宝してます。
「象の尻尾側の棚に行ってみな!」みたいな感じです。もうちょっと高学年になったら、ちゃんとした分類も覚えてくださいね。

来年もよろしく。
2015.12.31 Thu l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲
4月から異動になり、小学校図書館へ赴任しました。

ここは小中一貫校の小学校側の図書館で、2年前に小学校校舎全体が新築されたものです。

以前福岡市内の某小学校を見学させていただいたときに見た開放教室の考え方が若干入っているように見受けられます。図書館の方も、廊下と一体化して通り抜けが出来るようになっているため、廊下で思わずかけっこしてしまう小学生諸君が思いきり駆け込んできて、「はい走らないよ−」と私に注意されています。ま悪意がないのは分かってるんですが。

肝心の書架の方は、NDCルールが徹底されておらず、私自身もどこに本を戻したら良いか迷ってしまう状態です。

別置棚があってももちろん良いのですが、別置棚であるという表示が個々の本にないため、大変困ってしまいます。しばらく現状で運用しつつ、レイアウト変更で対応します。現在作業中です。
2015.05.05 Tue l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲
 そろそろ今年もおしまいです。

 学校司書のくせに社会的発言・政治的発言は厭わないつもりの私も、今後「発言に注意する」ことになるかもしれません。現首相の極右政治路線を支持する人は別として、「学問の自由」だの「思想の自由」「表現の自由」「報道の自由」の大切さを、図書館教育を通じて又は読書そのものを通じて子どもたちに知ってほしいと思っている私のような人間はますます発言しにくくなるでしょう。

 一昔前は冗談ですんだ「あんなサヨク司書を学校は雇うのか!」という罵声を受ける事態を、今はリアルな可能性として考えなければならないように、来年はなるかもしれません。

 さて、そんな馬鹿な年にならないよう、これからも微力をつくさないと。
2014.12.24 Wed l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲
 今年3月に、昭和時代の仮面ライダーと平成ライダーが対決!なんて映画が公開されたらしいですね。
 らしいですね、というのは私はたまたまテレビで流れた予告編しか視ていないからなのですが(笑)、今年最後のコラムは、ちょっとそれにからめたお話です。

 1972年に初めて放送された「仮面ライダー」では、オープニングナレーションでこんなセリフが流れていました。

 「仮面ライダー本郷猛は改造人間である。彼を改造したショッカーは世界征服をたくらむ悪の秘密結社である。仮面ライダーは、人間の自由のためにショッカーと戦うのだ!」

 もともと仮面ライダーというのは、知能体力ともに優れた本郷猛という青年が秘密結社ショッカーに拉致され、その身体を切り刻まれて改造手術を施され、バッタの飛翔力とパワーを移植された改造人間としてよみがえるところから始まります。そして、悪の命令通りに動かすための脳の改造をされる前に脱出し、自分を改造したショッカーと戦うようになるのです。
 彼にとって「戦い」とは、正義のためとか平和のためとかいう以前に、自分自身の自由を取り戻すための戦いだったのです。

 「正義の味方」と呼ばれるテレビや映画のヒーローは、仮面ライダー以前にもたくさんいました。
 しかし……

 第1作の「仮面ライダー」が放映開始されたのは、1972年です。

 沢山のおびたたしい人命が失われ、かろうじて生き残った人々にもぬぐいがたい大きな傷を残した第2次世界大戦が終わってから、まだ27年しか経っていません。
 戦争を経験した世代の人々が、まだ現役でバリバリ働いている時代でした。
 当然、「仮面ライダー」の製作スタッフたちも、プロデューサー以下、戦争体験世代ばかりでした。
 ○○中図書館の蔵書にもある「仮面ライダーをつくった男たち1971・2011」に載っている話ですが、プロデューサーの平山享さんは、十代のころ、東京大空襲で焼死・溺死した沢山の遺体を片付けるために、軍の命令で作業に駆り出された事があるそうです。

 幼いわが子を守ろうと、両腕で子どもを抱え込んだ母親と子どもの焼死体が川に沈んでいた、ということも書かれています。

 平山さんだけではありません。
 出演者やスタッフたちにとって、戦争とは絵空事ではない、なまなましい実体験だったのです。

 そういう人たちが新しいヒーローを創りだそうとしたとき、「正義のために戦う」という言葉を嫌ったのは、当然のことでした。
 スタッフたちが経験して来た戦争というものは、常に美しい正義・大義名分をかかげて始められるものだからです。そして簡単に終わらせることができない。もうご立派な正義なんてこりごりだ。
 正義という言葉は、彼らにとって、さっぱり信用ならないもの、当てにならないものであったでしょう。

 その代わりに選ばれたのが「人間の自由のために戦う」という言葉でした。
 そう、戦争しようとする国が真っ先に奪い去ろうとするもの、それは人間の自由です。

 自由な意志を持たず、命令通りに敵を殺すことが出来る人間こそ、戦争をする国がいちばん欲しがる国民の姿です。それは人間の脳を改造してしまうことによって意志を奪い、リーダーの手足として働かせる秘密結社ショッカーのイメージそのものではありませんか。

 これからみなさんにとって、さらにしんどい時代がやってくるかもしれません。
 今持っている自由を、絶対に手放さないでください。

 自由を、正しく使って下さい。

 それこそ、仮面ライダークウガ・五代雄介が叫んだように、「みんなに笑顔でいてほしい」っていう目的のために、自由を使ってくれるとうれしいです。
2014.12.15 Mon l 図書館 l COM(0) TB(0) l top ▲
8月6日は勤務校の登校日でした。
そこで図書館だよりも番外号を出しました。以下はおたよりコラムの再録です。

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 夏はたいへんに暑い。
 うっかり水分補給を忘れて屋外に居たら、たちまち熱中症で命の危険があるくらいに、暑い。 むしろ、「熱い」と書いてもいいくらいに、燃えるように暑い夏が現代では毎年のようにやって来ます。私個人の実感では、30年くらい前の夏に比べたら、今の夏の方が、ずっとずっと暑く感じます。
 ……ただし、今体験するどんな夏よりも熱い夏が、かつて日本にありました。

 今日は8月6日です。
 69年前の1945年8月6日(月)8時過ぎ、広島に原子爆弾が投下されました。
 万単位の人々が命を失い、運よく生きのびた人たちも重い放射線障害に苦しむことになりました。原爆がなぜ開発され、なぜ広島と長崎に落とされたのかということについては、様々な研究書や歴史書に書かれていますから、興味ある人は読んでみて下さい。

 ここでは、当の原爆を落とした側の人間がどういう風に原爆投下をとらえていたのか、ということを書いておきたいと思います。
 数年前、原爆を投下した米軍機「エノラ・ゲイ」の乗組員が来日して、被爆者と対面したことがあります。彼は原爆資料館なども訪れ、被害の実態を見せられました……が、対面した被爆者に対してはいっさい謝罪の言葉は口にせず、逆にこう言ったのです。
 「アメリカにはこういう言葉がある。『リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)』」

 つまり、原爆投下は彼に言わせると、宣戦布告前に行われた「ひきょうな真珠湾攻撃」への仕返し・報復だというのです。彼に限らず、そういう風に考えるアメリカ人は決して少なくない。彼は、原爆の被害を知るには知ったが、実はまるで共感していなかったのです。

 変わった人間、特別に冷たい人間だからそう言えたのではありません。戦争する国・社会を動かしている人間たちは、そういう鈍感な人間が必要だったから、教育の結果、鈍感な人間が出来あがったのです。
 今生きている、成長途上のあなたも、例外ではありません。
 人間には、会ったこともない他人や遠い外国の人々の不幸を思いやることができる想像力と優しさを持ち合わせている人もいれば、これまた会ったこともない外国人をただ外国人であるという理由で口汚くののしり倒すような下劣な品性と視野の狭さを持つ人間もいます。……どちらの人間にも、未来のあなたはなる可能性がある。

 2014年の真夏の太陽を見上げ、69年前の夏の空を想像するとき、「やさしさを失わないでくれ。弱い者をいたわり、たがいに助け合い、どこの国の人とも友だちになろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえその気持ちが、何百回裏切られようと」という、ある宇宙から来たヒーローが残した言葉を思い出します。出来れば、あなただけでもそういう人になってほしい、と私は思うのです。
2014.08.07 Thu l 図書館 l COM(1) TB(0) l top ▲
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